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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)13414号の1 判決

原告

小島美知子

右訴訟代理人弁護士

関野昭治

右同

大石宏

右同

滝沢直人

右同

岡崎国吉

右同

高野範城

右同

高橋利明

被告

三越企業有限公司

右代表者代表取締役

向井史郎

右訴訟代理人弁護士

村上實

主文

原告の本件訴えに関する被告の裁判管轄権不存在の本案前の主張は理由がない。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三億六二八二万二一八三円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告の本案前の申立

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  弁論分離前の相被告株式会社三越(以下、三越という。)は百貨店業を営むもの、被告は香港に本店を置く三越の事実上一〇〇パーセント出資の子会社、弁論分離前の相被告陳谷峰(以下、陳という。)は香港に居住し、かつて三越及び被告と取引のあつたものであり、原告はかつて被告らと商取引のあつた企業の主宰者である。

2  原告は、昭和五七年九月末日当時香港において別紙預金債権目録記載の銀行預金債権を有し、陳に対し、右債権の保全、管理を、陳において債権の保全に必要な範囲で預金証書等の債権証書を保管し預入れ及び引出のサインをすることができる約旨の下に委任していた。

3  ところが、被告は、三越及び陳と共謀のうえ右銀行預金債権を不法に領得しようと企て、同年一一月半頃から昭和五八年三月頃までの間に、原告に無断で右預金をすべて引出しこれを領得した。

4  原告は、右被告らの不法行為により、現在まで以下のとおりの損害を被つている。すなわち、香港の銀行における近時の六か月以上の定期性預金の利息の利率は、年八パーセントを下廻つていない。したがつて、原告の損害は、別紙原告の損害金明細表記載のとおり、昭和五七年九月末日当時の前記目録記載の預金債権額及びこれに対する少なくとも同年一〇月一日から昭和六〇年九月三〇日までの三か年分の右最低利率による利息相当額の合計額である。そして、右損害を同年一〇月二二日現在の米ドル及び香港ドルの換算レート(一米ドル−二一五円六五 一香港ドル−二七円六六)に基づいてそれぞれ換算すると、同月一日現在における原告の損害は、金三億六二八二万二一八三円である。

よつて、原告は、被告に対し、不法行為に基づき、金三億六二八二万二一八三円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による民法所定の損害金の支払いを求める。

二  被告の本案前の主張

1  最高裁第二小法廷昭和五六年一〇月一六日判決・最高裁民集三五巻七号一二二四頁は、当事者の公平、裁判の適正・迅速等の観点から条理上日本の裁判権が認められる例外的事案があることを肯定しているが、基本的には被告が外国法人であるときは日本の裁判権は及ばないことを原則としている。そして、原告の被告に対する本件訴えが右の例外的事案に当たらないことは、以下に述べることから明らかである。

2(一)  被告は、香港における法令に準拠して設立された法人であつて、三越とは別個の法人格を有し、独自の営業活動を行つており、三越の一支店ではない。しかも、被告は、日本に事務所もなく、日本において営業活動を行つていない。このような被告に日本における国際裁判管轄が認められると、被告は十分な応訴活動ができないといわなければならない。

(二)  被告の人的構成は、ほとんど香港の現地人である。また、被告は、三越とは無関係に香港において店舗部分の借家権及び金銭その他の財産を所有しており、その営業活動も現地において商品を仕入れ、それを現地において販売するのが大部分であり、三越との取引きはほとんど行われておらず、輸出入品の売上に占める割合は極めてわずかである。

(三)  原告の主張によれば、被告の不法行為は、香港において共謀し、香港において香港に存在する銀行から原告の預金を引き出して領得したというものであるから、これに関して取り調べなければならない証人は、陳、被告の代表者向井史郎その他香港在住の職員及び香港の銀行関係者など専ら香港在住者である。

3  原告は、義務履行地(民訴法五条)、併合請求の関連裁判管轄(同法二一条)及び不法行為地(同法一五条)という国内土地管轄の規定を本件に準用できるから、条理上被告に対する本件訴えについて国際裁判管轄を認めるべきであると主張する。しかし、次のような理由により、右の国内土地管轄規定を準用して被告香港三越に国際裁判管轄を認めることはできないというべきである。

(一) 義務履行地が日本であるということのみで国際管轄権を肯定するのは合理性に欠ける。前記最高裁判決は、特段の事情を前提とし、その場合に義務履行地が日本にあるときは、わが国に国際裁判管轄を認めるのであつて、漫然とあらゆる義務履行地について一様に国際裁判管轄を肯定する趣旨ではない。

また、原告が本件不法行為が専ら香港を舞台になされたと主張している以上、その準拠法は香港の法律となり、香港の法律において日本を義務履行地とする規定が存することを原告において明らかにしなければならない。本件のような日本に住居を有する原告からの不法行為事件の場合、準拠法を特定することなく義務履行地を基準とすることになると、民法四八四条により常に日本の裁判所の管轄を認めることになり、結果として極端な国家主義に立つのと等しくなるから、不当といわざるを得ない。

(二) 原告は、関連裁判籍の規定が共同被告の国際裁判管轄の決定にも妥当すると考えているようであるが、国内管轄の決定についてさえ、主観的併合の場合に関連裁判籍の規定を安易に適用するときは被告の立場を不当に害することが多いのに、まして本件のような国際裁判管轄を決定するに当たつて三越と何ら利害を共通にすると言えない被告について単に三越と共同被告として訴えられたという点からのみをとらえて肯定するのは、被告の立場を著しく害するものであつて、不当というほかない。

(三) 原告は、本件銀行預金の横領行為が三越の被告役員への指示によつてなされたことは自明であるので、東京も不法行為地の一つであるとする。

しかし、本件訴状によれば、原告の主張する被告らの不法行為は「共謀のうえ原告に無断で同人の預金をすべて引出し領得した」行為であり、日本国内における三越の指示はそもそも請求原因事実ではない。したがつて、東京を不法行為地の一つと解することはできない。

三  被告の本案前の主張に対する原告の主張

1  国際裁判管轄権の決定については、この点を直接規定する法規もなく、またよるべき条約や一般に承認された明確な国際法上の原則もいまだ確立していない現状のもとにおいては、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理に従つて決定されなければならない。そして、わが民訴法の国内の土地管轄に関する規定、たとえば被告の住所、居所(二条)、法人その他の団体の事務所又は営業所(四条)、義務履行地(五条)、被告の財産所在地(八条)、不法行為地(一五条)、その他民訴法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは、これらに関する訴訟事件につき、被告をわが国の裁判権に服させるのが右条理に適うものというべきである(前掲最高裁判決)。

2(一)  本件訴訟は不法行為に基づく損害賠償請求訴訟であるところ、賠償義務の履行地は民法四八四条により債権者である原告の所在地であり、義務履行地には民訴法五条により裁判籍が認められるから、日本に管轄権があるというべきである。

(二)  本件訴えは被告を三越との共同被告として提起するものであるところ、弁論分離前の相被告三越については、義務履行地として、また住所地として裁判籍がある以上、被告についても日本に国際裁判管轄権が認められるべきである。少なくとも本件の如く共謀による横領行為という刑事犯的な共同不法行為における共犯者の一人について被告としての裁判籍があり、他の者についても共同被告として民訴法二一条により併合請求の裁判籍がある場合には、その共同被告に国際裁判管轄が生ずると解すべきである。

(三)  本件不法行為が三越の指示によるものであることは明らかであり、三越は本件横領の首魁である。それ故本件預金の横領の事実行為が香港で行なわれたことは明らかであるが、その指示は東京からなされているのであり、その意味で東京も不法行為地の一つである。

3  そして右の理由のほか、次に述べるような三越と被告との関係や本件訴訟の進行に当つての訴訟経済の観点からして、本件訴訟の管轄を日本とすることが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するうえで条理に適うものである。

(一) 被告は、三越の一〇〇パーセント出資の子会社であり、三越の連結決算子会社であつて、かつ、被告の取締役全員は三越の従業員である。

(二) 被告と三越との間では互いに商品の卸売りを行つており、両者間には継続的に債権、債務が存在していることが推定される。

(三) 本件預金債権の占有が陳から被告に移動するについてその折衝やその事務に関与した当時の被告の支配人岡部明や経理担当者の岩関務、同粕谷らは既に香港の任務を解かれて日本へ帰任している。したがつて、今後本件の審理に当たつて取調べが予想される証人のほとんどは三越の従業員として日本国内に勤務、在住していることになる。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本件訴えが、日本に住所を有する原告において、陳に保管を依頼していた香港に有する銀行預金債権を、共謀した被告、三越及び陳によつて無断で引き出され不法に領得されたとして、不法行為に基づく損害賠償を求めるものであることは、訴え自体から明らかである。そこで、原告の被告に対する本件訴えが、日本の国際裁判管轄に属するか否かを検討する。

二本件のような外国法人との間の海外における不法行為上の民事紛争の訴訟による解決をいずれの国が裁判管轄するかは、これを規定する条約や一般に承認された明確な国際法上の原則がいまだ確立されていないし、わが国にもこの点についての成文法規は存在しない。そこで、本件訴えについて、わが国の裁判所に管轄権があるか否かは、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期することを基本理念として条理に従い、いかなる国に裁判管轄権を認めるのが適当かの観点から決しなければならない。

三そこで、前記立場から本件訴えについての国際裁判管轄権の有無を検討をする。

1  わが国民事訴訟法の土地管轄の規定は、もとより国際裁判管轄についての定めではないが、国内における管轄権の場所的分配の定めとして合理性があると考えられるので、さらに国際的観点から配慮し前記のような条理に反する結果を来たすという特段の事情が認められない限り、これにより裁判籍が国内に認められるときは、わが国に裁判管轄権を認めるのが相当である。

2  国内の土地管轄を決定する場合において、主観的併合に関連裁判籍の規定(民訴法二一条)の適用があるかは争いのあるところであるが、本件のように共同不法行為を事由とする共同被告間においては関連裁判籍の規定の適用があると解すべきである。しかし、国際裁判管轄を定める場合には、各国における司法制度のくい違い、場所的隔たりが大きいことによる訴訟活動の困難性、国内と異なつて移送という第一次的管轄を修正する手段が存在しないこと等を考慮しなければならないから、たとい共同不法行為を事由とする共同被告間の場合であつても、関連裁判籍を国内管轄を決定する場合と同様に解することはできない。しかしながら、それは、国際裁判管轄を定めるに当つて関連裁判籍の規定を無条件に準用すると、被告は自己と生活上の関係がなく、また自己に対する請求と関連を有しない地にその意に反して訴えられる結果となるおそれがあつて妥当でないということであるから、共同不法行為を事由とする共同被告間においては、右のような特段の事情のない限り、国際裁判管轄の決定について関連裁判籍の規定の準用を認めるべきである。

3(一)  本件訴えが、被告、三越及び陳の共同不法行為に基づく損害賠償を求めるものであることは、前記のとおりであり、被告について口頭弁論を終結するために弁論を分離する前の訴えが被告、三越及び陳を共同被告とするものであつたことは、本件訴訟記録から明らかである。

(二)  〈証拠〉によれば、被告は、香港法によつて設立された香港所在の法人であること、しかしながら、三越は、被告の株式の一〇〇パーセントを所有しており、被告は、三越が一〇〇パーセント出資した連結決算子会社であること、被告の取締役は、向井史郎、鈴木克彦、西田誠の三名であり、右三名は、いずれも三越の従業員を兼務していること、被告と三越間には営業上の取引として各種物品の卸売りが行われていること、岡部明は昭和五七年一一月半ば頃から同五八年三月頃まで(原告の主張によると、被告らの本件共同不法行為は、そのころ行われたということである。)被告の支配人であり、岩関務は被告の経理担当者であつたこと、岩関務は、昭和五九年六月五日東京地方裁判所刑事法廷において、原告の通帳等の入つたかばんは粕谷誠一に手渡された旨の証言をしていること、右三名とも現在は香港から日本に帰任していることを認めることができる。

右の事実によれば、被告は香港に所在する外国法人であり、三越と親会社・子会社の関係にあるといつても、親会社と子会社は、それぞれ独立の意思を持つ全く別個の法人格を有するものであり、法人の本店と支店の関係とは明らかに異なるから、わが国の裁判所で本件を審理した場合、被告の防禦活動に若干の不都合を来たすことが予想されないわけではない。しかしながら、一方が他方の一〇〇パーセント出資の子会社であり、子会社の役員の全員を親会社の従業員が兼務している場合には、事実上子会社は親会社の指示によつて動くことになり、実質的には親会社と子会社の関係は、本店・支店の関係に近づくことになる。そして共同被告間に右のような関係がある場合、親会社所在地の裁判所に訴えが提起されたとしても、海外の子会社は、親会社と連絡を取ることにより、代理人を選任することができるし、本件不法行為における審理において最も重要な証人として証拠調べが予想される岡部明、岩関務及び粕谷誠一は現在日本に居住しているのであるから、証拠の収集その他裁判活動にそれほどの支障は生じないと考えられる。

そうとすれば、被告には前記のような特段の事情はないといわなければならない。

そして、口頭弁論分離前の相被告三越には日本に管轄があるから、被告に対する本件訴えについては、主観的併合の場合の関連裁判籍の規定(民訴法二一条)を準用して国際裁判管轄を認めることができる。

四よつて、日本の裁判所は本件訴えについて管轄権を有しないとの被告の本案前の主張は結局理由がないというべきであるから、主文のとおり中間判決する。

(裁判長裁判官並木 茂 裁判官楠本新 裁判官大善文男)

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